父親が大学院に通っていることもあり、以前から気になっていた東京大学。実は、キャンパスを訪れたことがありませんでした。どんな場所なのだろうと興味があり、日曜日に本郷キャンパスを歩いてみることにしました。

訪れてみると、歴史ある建物や緑豊かな場所が点在し、都心にありながら落ち着いた雰囲気。今回は、実際に歩いて見つけた東京大学の魅力を紹介します。
100年の歴史を刻む安田講堂
最初に向かったのは、東京大学のシンボルとして知られる安田講堂です。

1925(大正14)年に完成し、2025年に築100年を迎えました。安田善次郎の寄付によって建設された建物で、銀杏並木の先に堂々と佇んでいます。

1969年の東大紛争では、火炎瓶による被害を受けました。現在も当時の歴史を伝える焼け焦げの痕跡が残されています。

訪れたのは日曜日。キャンパス内はとても静かで、重厚な安田講堂もひっそりと佇んでいるように見えました。

一方で、講堂の周りでは小さな子どもたちが植物のフィールドワークをしていました。歴史ある建物のそばで、子どもたちが植物を観察している光景が印象的です。

厳かな雰囲気と、地域に開かれたような明るさ。その両方を感じられる場所でした。
都会の真ん中にある緑のオアシス、三四郎池
次に訪れたのは、キャンパス内にある三四郎池です。

東京大学の構内に池があることは知っていましたが、実際に足を運んでみると、木々に囲まれた自然豊かな空間が広がっていました。

そして、ここには金沢ともつながる歴史があります。

三四郎池の正式名称は「育徳園心字池」。江戸時代、東京大学本郷キャンパスの大部分には加賀藩前田家の屋敷があり、この池はその庭園「育徳園」の一部でした。

現在の「三四郎池」という呼び名は、夏目漱石の小説『三四郎』に登場することに由来します。

金沢の歴史を知る身として、東京大学のキャンパスに加賀藩が築いた庭園の面影が残っていることに驚きました。

都会の中心部にありながら、これほど緑と水に囲まれた場所があるのも魅力です。木々の間を歩いていると、心が穏やかになっていくようでした。
赤門にも加賀藩の歴史が残っている
東京大学といえば、赤門を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

実は、この赤門も加賀藩と深いつながりがあります。

赤門は1827(文政10)年、加賀藩13代藩主の前田斉泰が、江戸幕府11代将軍・徳川家斉の娘である溶姫を妻として迎える際に建てられた門です。正式名称は「旧加賀屋敷御守殿門」といいます。

当時、将軍家から姫を迎える大名家には、朱塗りの御守殿門を建てる慣習がありました。赤門は、将軍家と加賀藩の縁組の歴史を今に伝える建造物なのです。

ただし、訪問時は修復工事中で、赤門の姿をじっくり見ることはできませんでした。現在の東京大学の敷地が、かつて加賀藩前田家の屋敷だったことを改めて実感する場所です。
見られなかった展示は、次回のお楽しみ
今回、もうひとつ訪れてみたかったのが、山上会館の展示スペースです。東京大学の埋蔵文化財調査室によると、ここでは「加賀百万石前田家の至宝」と題した展示が紹介されています。キャンパスの発掘調査で出土した陶磁器などから、かつてこの場所にあった加賀藩邸の暮らしや文化を知ることができます。

赤門や三四郎池だけでなく、地中から見つかった資料にも加賀藩の歴史が残されているのです。今回は日曜日の訪問で、展示を見ることができませんでした。せっかくなら実際の資料も見てみたかったところ。次に訪れる機会があれば、ぜひ立ち寄ってみたいと思います。
東京大学で出会った、加賀藩と金沢の歴史
初めて歩いた東京大学の本郷キャンパス。安田講堂の重厚な建築や、三四郎池の自然を楽しむだけでなく、加賀藩と金沢につながる歴史を知ることができました。普段暮らしている地域から離れた場所でも、歴史をたどると思いがけないつながりが見つかるものですね。