先に注釈しておくと、トップ画は2019年に撮影したものです。
京都の鴨川には「六条河原」と呼ばれている河川敷があります。
そちらに訪れたのですが、この辺りは昔に「遊郭」があったということで7年前に付近を散策したことを思い出しました。
そこで先に、その当時はまだあったお茶屋の名残を探しに行きました。
まずはそのお茶屋らしき建物(遊郭があった当時も存在したかは不明)の写真を載せます。
この時点ですでに営業はしていませんが、私の好きな屋根だったので撮影しました。
調べて初めて知ったのですが、相手をするお客を選ぶのは花魁の方で、お客は気を引くために貢ぐそうです。
念願が叶ってもお相手してもらうのに、今の値段で換算すると1回100万円くらいは必要だったらしいですね。
なるほど、憧れる人がいるのも分かります。
その後、赤線などと名前を変えて似たような営業は続けられていましたが、規制があり昭和33年までに廃止を余儀なくされました。
そんなに最近まで!?
光が入ってしまった・・・残念。
遊郭というと、性的なイメージがありますが、本当は広い意味で大人の社交場でした。
幕府に公認されており、塀などに囲まれた敷地内には飲み屋や芝居小屋などもあり、豪華な料理やお酒を楽しむ場所もありました。
そんな中に時代劇などで表されている女性のお店もあったそうです。
借金の形や強制的に連れてこられたイメージがありますが、自ら家族の生活のためにやってくる女性も多かったそうです。
「花魁(おいらん)」に憧れてやってくる人もいたという話もあります。
何故この話をするのかというと、当時に知った遊郭の背景にあります。
幕府に公認されており、塀などに囲まれた敷地内には飲み屋や芝居小屋などもあり、豪華な料理やお酒を楽しむ場所もありました。
そんな中に時代劇などで表されている女性のお店もあったそうです。
借金の形や強制的に連れてこられたイメージがありますが、自ら家族の生活のためにやってくる女性も多かったそうです。
「花魁(おいらん)」に憧れてやってくる人もいたという話もあります。
調べて初めて知ったのですが、相手をするお客を選ぶのは花魁の方で、お客は気を引くために貢ぐそうです。
念願が叶ってもお相手してもらうのに、今の値段で換算すると1回100万円くらいは必要だったらしいですね。
なるほど、憧れる人がいるのも分かります。
しかしお茶屋などの看板を立てて誤魔化しながら2010年頃までサービスは続けていたそうです。
そんなに最近まで!?
それも一斉摘発で消滅したと言われています。
そんなお茶屋の現在。
ここ以外にもお茶屋や民家なのに怪しい看板を掲げていた建物が2019年当時は多数ありました。
まだ営業を続けていたのかは不明です。
しかし今回も同じ場所を散策したのですが、怪しげなものは見つけられませんでした。
というか多くの建物が建て替えられていて、痕跡がすっかり無いのです。
今は普通の住宅街に見えます。
というか多くの建物が建て替えられていて、痕跡がすっかり無いのです。
今は普通の住宅街に見えます。
もう一つ、歌舞練場も近くにあったので行ってみました。
路地を行くと・・・
めちゃくちゃ古いですが3階建て?
正面に行きました。
旧遊郭から高瀬川を挟んで反対側にある「五條会館」です。
芸妓や舞妓が踊りを披露する場所として使われていましたが、現在は休館中のようです。
この辺りに様々な施設が建てられていたのは、高瀬川が流通の要だったからでしょう。
五條会館(旧五条楽園歌舞練場)
住所:京都府京都市下京区平居町61
芸妓や舞妓が踊りを披露する場所として使われていましたが、現在は休館中のようです。
築年数は100年越えらしく、中には今も立派な舞台があります。
この辺りに様々な施設が建てられていたのは、高瀬川が流通の要だったからでしょう。
住所:京都府京都市下京区平居町61












