前回書いた山科神社の少し北に大石内蔵助が住んでいたとされていた住居の址があります。

表の道路に石碑が立っていました。
見えている感じでも坂道なのが分かりますが、坂の途中に址があります。

一旦、一番奥まで行きました。
坂を上がったところになります。
まずは石碑。

この隣に「忠誠堂」があります。
こちらは納骨堂だったそうです。
現在も遺骨があるかどうかは不明です。

この更に右奥にも。
「遺髪塚」です。

閑居址はこんな感じです。
ところでここの名前は「大石良雄山科閑居址」。
大石内蔵助とどのような関係があるのかと思われますが、実は本名が大石良雄なのです。

何で武将が通名で呼ばれていたのか。
あ、先に別方向からの写真も。
その当時、名前には魂が宿っていると考えられており、本名を知られると呪いをかけられると信じられていました。
そのため武士でも通称を名乗っていたことがあるそうです。

多くの人は通称に役職や身分を入れていたそうで、大石倉之助は朝廷の倉庫を管理する役職だったため、この名前になりました。

その後、時代を語る際に大石内蔵助の名前の方が有名だったため、教科書やお芝居でも通称を使っています。
ちなみに「閑居(かんきょ)」とは世間から離れて静かに暮らす住居などを指します。

こちらは討ち入りの機会を伺うため、身を潜めていた場所だったそうです。


大石良雄山科閑居址
住所:京都府京都市山科区西野山桜ノ馬場町97−2
観覧時間:24時間
入場料:無料
その他:駐車場はありません