東山慈照寺(とうざんじしょうじ)は「銀閣寺」の名前で知られるお寺。
京都御所の北にある相国寺(しょうこくじ)の境外塔頭で、室町幕府第8代将軍・足利義政によって造営された東山山荘(東山殿)が、義政の死後に寺院として改められたものです。
総門をくぐるとすぐに右へ折れ、背の高い植え込みと銀閣寺垣にそって奥へ進んだところにやっと拝観入口があります。
これは、防御を兼ねた区切りとして作られたそうですが、現実世界から浄土の世界へいざなうプロローグのような役目も担っています。
拝観入口の中門を抜けて少し進むと急に広がる視界。
右を向くと銀閣(観音殿)、正面には向月台(こうげつだい)が!
向月台はこの上に座って東山に昇る月を待ったものだとの話もありますが、義政の時代にはまだなく、おそらく江戸後期に出来たものではないかと考えられています。
向月台隣の銀沙灘(ぎんしゃだん)は月の光を反射させるためのものとも言われていますが、こちらもやはり室町よりも遅い時期に作られたと考えられています。
どちらにしても美しいことに変わりはありませんが。
銀閣の前に広がるのは錦鏡池(きんきょうち)を中心とした池泉回遊式庭園です。
苔の緑と新緑がとてもきれいでした。
お参りしたのが朝一番だったせいなのか、苔に落ちている葉を拾ったり、苔のお世話をされている方がそこここにいらっしゃっいました。
その人たちのおかげて美しい景色が保たれるのだと思い、心の中で感謝!
庭園に面して本堂東求堂(とうぐどう)が並んでいます。
東求堂は義政の持仏堂で、銀閣と共に東山殿造営当時の遺構として現存している建物です。
庭園の奥には、展望台への石段が続いています。
展望台からは伽藍を上から眺めることができるほか、京都市北西の町並みが一望できます。
上の写真では見えづらいですが、左大文字(右奥の山)も確認できました。
「逆さ金閣」ならぬ「逆さ銀閣」の撮影にも成功!
この日は土曜日で、混雑回避のため開門に合わせて訪れたのですが、思いのほか人が少なくて助かりました。
境内に響いていたのは、私よりも少し遅くやってきて、私よりも早く帰っていった修学旅行生の引率・案内の声だけでした。
ほほえましくもあり、大変そうでもあり…。