堀川七橋のうち、名古屋城にもっとも近くて一番上流に架けられた橋が、この「五條橋」になります。
円頓寺商店街の記事の方でも少し紹介をしましたが、五條橋は「清須越し」と言って、名古屋の街は名古屋城築城の時に清州から街ぐるみで、引っ越して来たそうです。
今回は、この「五條橋」について詳しくご紹介いたします!
「五條橋」は、清州から移築されたと言われており、この時に清須城のそばに流れる五条川に架かっていたのを解体して運んできたと伝えられています。
五條橋は、伝馬橋のような街道ではありませんが、旅人がたくさん通る橋には理由があり、美濃街道を西から来て、城下に入るには一番便利な橋だったからなのです!
特に、名古屋から稲置街道(木曽街道・上街道)や下街道・瀬戸街道へは最短距離となり、城下の賑わいを見物するにもこの橋を渡り本町通を通るのを良しとして、朝鮮通信使や琉球使節が通行し、将軍に献上された象も五條橋を渡って行った歴史がある橋。
もともとは木橋でしたが、昭和13年(1938年)に木橋に似せた意匠でコンクリート製に架けかえられて、RC造の三径間桁橋となっています。
御影石の親柱、高欄、擬宝珠(ぎぼし)が昔の風味を醸し出し、名古屋市の都市景観重要建築物にも指定されています。
今でも普通の橋とは違い、石畳のスロープにも昔の面影が残る「五條橋」。
当時は、堀川と陸とを結ぶ場所であり、物資を運ぶためにたくさんの商人が行き交ったそうです。
この橋を足の重みで踏みしめて渡ると、文明開化の音ではありませんが、昭和時代のノスタルジーな懐かしい音がどこか聞こえてきそうな気配さえします。
五條川の擬宝珠には、堀川が開削された慶長15年(1610年)より古い、「慶長七年壬寅六月吉日」(1602年)の銘が確認できます。
また、現在の擬宝珠はレプリカで、本物の擬宝珠は名古屋城西の丸城宝館に保存されています。
この五條橋では、明治中頃を舞台にした高倉健と藤純子が出演の映画「緋牡丹博徒 花札勝負」のロケが行われています。
堀川の水面と対岸に立ち並ぶ木材などが二人の別離を描写するようで、五條橋を東へ渡る高倉健と後を追う藤純子の背景が窺えます。
映画は観てませんが、五條橋から当時の情景が浮かぶようです…!
五條橋から先は、円頓寺商店街へと下町に通じているのですね。
この頑強な石造りの橋は、今も色褪せることなく人々を何十年もの間、往来の橋渡しとして役に立っていることでしょう。
五條橋の歴史を触れに散策がてら訪れてみるのも、名古屋市の新たな発見に繋がるかもしれませんね。
五條橋
住所
〒451-0042
愛知県名古屋市西区那古野1-1-2












