京都の中心部、河原町通りと平行に通っている寺町通りは、豊臣秀吉の京都大改造の際に市内の多くの寺社が集められた通りです。
実際寺町通りを散策していると、小さなものから中くらい、そしてとっても有名な寺社などが点在しています。
今回はそんな寺社の1つ、私も通りがかって初めて知った「火除(ひよけ)天満宮」を紹介します。
火除天満宮が鎮座するのは、四条通から寺町通りを南下して少し歩いたところ。
隣は1階にコンビニが入っているビルで、そのビルと隣にある高島屋駐車場裏入り口に挟まれるようにありました。
狭いながら風情のある坪庭や手水鉢。
お地蔵様が鎮座するお宮もあります。
参道を奥へ進むと、ぽっかりと広がったところに本殿がありました。
こちらの天満宮は、天正7年(1579)に九州筑紫国大宰府の神官が兵乱を逃れて菅原道真の像を背負い入洛し、六条通り周辺にお祀りしたのが始まりとされています。
天正10年(1582)の本能寺の変で織田信長・信忠父子が亡くなると、菩提を弔うために開創された大雲院の鎮守社として烏丸御池に移されますが、天正18年(1590)の秀吉による京都大改造に伴って大雲院とともに現在地に移されました。
火除天満宮と称されるのは、元治元年(1864)の蛤御門の変に端を発した大火の際、南は七条周辺・東は鴨川・西は堀川までに火が広がったにもかかわらず、大雲院を含む天満宮一帯だけが類焼を免れたことに由来しています。
本殿正面の石鳥居には天保6年(1835)と刻まれていますので、この鳥居は元治元年の大火を目の当たりにしたのでしょう。
昭和48年(1973)に大雲院が東山へ移され、火除天満宮だけが残ったのは、火除け・厄除けの御神徳があったからかもしれません。












