今日は大分県佐賀関地方にある「築山古墳」に行ってきました。
海部とはその名前の通り、海を中心に栄えた部族です。
私としては非常に興味があります。
ちょっと話は変わりますが、日本が弥生時代だったころ、北海道や東北地方の一部では狩猟を中心とした「続・縄文時代」が続いていました。弥生人と交流があったのに、彼らはなぜ安定した稲作ではなく、狩猟を続けていたのか。
私は「サケやマスが決まった時期に大量に獲れたから」だと思っています。
そう、狩猟自体は本来食料確保において不安定さがありますが、北海道等では安定してサケやマスが獲れたのです。
海部氏もまた同じような側面を持った部族ではないかと興味を持っています。
大分の豊後水道は、流れの速さとプランクトンの豊富さで、アジやサバといった回遊魚すらも流域内に閉じ込めてしまいます。その豊後水道の中でも、佐賀関・坂ノ市はとびきり美味しい魚が獲れます。
いやあ、興味が湧いてなりません。
なお、古墳と言われますが、要は装飾品を埋葬させた女性リーダーのお墓です。巨大な盛り土は山のようになっていますが、例えば関西にある巨大な前方後円墳のようなものではなく、軽い山登りをしているような感覚です。
静かな場所ですが、一度足を運んでみるのもまた良いかと思われます。












