瀬戸内海に浮かぶ島、豊島には「妙丹宮」と呼ばれている小さなお宮さんがあります。
民宿カラフルにほど近いこの妙丹宮は、由緒や由来がほとんど謎に包まれたままのミステリアスなお宮さん。
昔、この地域にお姫様が住んでいて、そのお姫様を祀ったお宮さんだ、とか、主祭神は蛇神様だ、とか、諸説言い伝えられているようですが、確かな文献などは残っていません。
鳥居のかわりに石柱が2本立っていて、本殿のみ鎮座している造り。
鏡がご神体と言われていますが、いつからこの場所でお祀りが始まったのかも定かではありません。
ところが、そのあやふやさとは裏腹に地域の人たちの信奉はとても厚く、少し前までは遠く関東方面からもお参りに来る人がいたほど。
島のおじちゃんおばちゃん曰く、
参詣する人が唱えるのは、祝詞ではなく般若心経であることが多く、神仏習合の名残を感じさせます。
昔は巫女さんがいて毎日祈りを捧げていた、修験道の修行僧が籠って護摩を焚いていた、などの話もあって、書物には残っていないけれども、人々の記憶のカケラが口伝えされていることも多々あります。
ところが、そのあやふやさとは裏腹に地域の人たちの信奉はとても厚く、少し前までは遠く関東方面からもお参りに来る人がいたほど。
島のおじちゃんおばちゃん曰く、
「妙丹さんの力はつよい。」
何かを願った時、また何かを報告したとき、妙丹宮はそのひとが思うよりもはるかに大きい何かを与えてくれるのだと、わたしの周りの人たちは言います。
それは望み通りの結果だけではなく、残酷な結果になることもあるそうです。
でも共通しているのは、必ず、妙丹宮に祈りを捧げているひとを守るような結末を与えてくれること。
わたしはスピリチュアルには馴染みがありませんし、そのような力が本当にあるのかどうか未だに半信半疑でいますが、妙丹宮に手を合わせると我知らず安心している自分に気付きます。
「守られている」という感覚は、不確定の未来に向かって日々忙しなく暮らすわたしたちにとって、とても大切な感覚なのではないでしょうか。
旧暦の6月13日は妙丹宮の例大祭で、地域の人たちがそうめんを作ったり、お神酒を携えて、妙丹宮に集います。
今では数軒になってしまいましたが、昔は島の端の方からも人々が駆けつけたのだと義母が話していました。
人と神さまが一緒に飲み食いする場では、新しいご縁がつながります。
島民たちはこのような機会に、普段会わない人とお喋りしたり、情報交換したりして、人とのつながりを広げていったのでしょう。
最近は、不思議なことに、ここにお参りしたひとから「いい人ができた」という報告を受けるようになりました。
主祭神は青と白の夫婦蛇だ、という人もいますから、恋愛成就にご利益があるのかもしれません。
かくいうわたしも、この妙丹宮で結婚式をあげました。
何かはわからないけれど、ここには人と人とをつなぐ力のようなものがはたらいていて、出逢うべき人と人とを結び付けている。
そう感じられてなりません。
これからは、縁結びのお宮さんとしても、たくさんの人が訪れてくれたら嬉しいなと思います。