山咲の里(しょう)で開催されたイベント「塩のエトセトラvol.1〜和スイーツと塩の話〜」に参加してきました。
季節の和スイーツをいただきながら、社長の中巳出さんのお話をお聞きする会です。
年始ということで、和スイーツ「能登大納言ぜんざい」。
能登の方では、お正月のお雑煮にとして「ぜんざい」を食べる文化があるそうです。

器はもちろん、輪島塗!蒔絵のなんと繊細な手工。
愛でたくなる素敵な器です。
そして能登大納言を使ったぜんざい。
まずそのままのぜんざいを楽しむ。
その後に奥能登揚げ浜塩田で作られた塩を少しかけてみると甘味がぐっと引き立ちます。
また、生クリームや抹茶を加えて味の変化を楽しめるようになっています。

お口直しに塩ポテトチップ。
ぜんざいを食べながら、中巳出さんのお話をききました。
日本の塩の歴史
塩の記念日は、上杉謙信が武田信玄に塩を送ったことで生まれたことわざ『敵に塩を送る』に由来します。
戦国時代、塩が手に入らず、困っている武田軍に、敵である上杉謙信が塩を送ったという歴史上の有名なエピソード。 武田軍に塩が届いたのが、1月11日だったそうです。

そんな話から、塩が専売制だったときのことから自由化されて各地で塩が作られるようになったお話をききました。
塩って明治から1997年まで日本政府の専売制だったんです。この事実も知らなかった💦

ずっと専売制を敷いてきた日本でどうして、奥能登の揚げ浜塩田が生き残れたのか、揚げ浜式製塩は、日本で唯一残る製法になったのはどうてか、など能登の揚げ浜式の歴史へと話は移っていきました。

そして、能登半島地震で大きな被害を受けた被災地への想い。
揚げ浜塩田は地域で作られていたため、外部の人が入って作り方を教わることを良しとしない人が多かったそうです。そんな中でも後世に残すためと力を貸してくれた方が、今回の地震で亡くなられたそうです。

中巳出さんの会社が所有する石川県珠洲市の塩田の周辺も想像を絶する甚大な被害があり、トンネルの崩落、崖崩れにて陸路は遮断されて孤立地域となっているそうです。

また現場に行く事も叶わない状況の中、地震で海底が隆起して、海岸が数十メートル沖に移動したそうです。

まだまだこれからやらなくてはいけないことはたくさんあるので、地震で被害を受けましたが、今までの活動を止めることなく前に進んでいくという、
中巳出さんの強い想いが伝わったところで会は終わりました
山里の咲の2階は初めて入りました。
町屋の骨格をそのまま生かして、壁や床、畳、窓、襖などは一新されいましたが、古き良き金沢の伝統と匠の手仕事が随所に見え隠れしています。

群青壁の部屋と紅殻壁の部屋があり、季節を感じられる床の間の掛け軸やお花、飾ってあるものも本当に素敵でした。
2階の空間では普段は予約制のランチが楽しめます。
1階は能登の塩で握ったおにぎりを食べることができます。
また行きたいお店です。
【店舗情報】
山里の咲 | 塩屋がにぎる金沢のおにぎり専門店⁡
住所:金沢市尾張町1-4-32-1⁡
営業時間:9:30-17:00
⁡(おにぎりは数に限りがあります)
定休日:水曜
駐車場:なし(近隣のコインパーキングへ)