瀬戸内海に面した香川県丸亀市には、一本の竹から作られる「丸亀うちわ」という伝統工芸がある。

丸亀うちわミュージアムは、その歴史や技術を紹介する展示施設であると同時に、実際の製作が行われている現場でもある。

館内に入ると、さまざまな形や図柄のうちわが壁面に並び、訪れた人を迎える。

華やかな図柄のうちわや、柿渋で仕上げられた落ち着いた色合いの渋うちわなど、並ぶ種類は多い。展示には模型や資料もあり、丸亀うちわの歴史や製作工程を順にたどることができる。
一方で、この場所の中心にあるのは、実演コーナーで続いている手仕事の時間だ。

訪れた日も、二人の職人が黙々とうちわの骨づくりの作業を続けていた。静かな空間の中で、竹を割る音や道具を当てる音が、ときおり響いている。

丸亀うちわは、一本の竹から骨を広げて作られる。軽やかに見えるうちわの裏側には、竹を割り、骨の幅に整え、もみおろしを行い、さらに編みの工程を重ねていく細かな作業がある。下部の弧をつくる「鎌作り」や、その形を整える鎌削りなど、工程の一つ一つが手作業で進められていく。
実演を担当している伝統工芸士の長谷川秋義さんは、この仕事との出会いを「少し変わったきっかけだった」と話す。

二十五年前、脳梗塞を患い、歩くことも言葉を出すことも難しい状態だったという。その後、指先のリハビリの一環としてうちわづくりを紹介され、製作に触れるようになった。そこから作業を続けるようになった。

「手先が思うように動かないこともあった」と振り返りながらも、その時間は二十年以上続いている。
刃物を使う仕事でもあるため、道具の手入れには特に気を配るという。「刃物は切れるほど危なくない。切れないまま無理をするとけがにつながる」と語る。

竹の状態も、うちわづくりに大きく関わる。

丸亀うちわでは主に「真竹(マダケ)」が使われるが、年数によって硬さが変わる。長谷川さんは「三年から五年くらいがちょうどいい」と話す。

若すぎれば柔らかく、年数を重ねすぎれば硬くなる。うちわにはしなりが必要なため、その見極めが大切になる。
こうしたうちわづくりの技術は、ミュージアムの外でも伝えられている。

長谷川さんは、地元の小学校でうちわづくり体験を教える活動も続けてきた。夏前になると学校から依頼があり、子どもたちに骨づくりの工程や体験を紹介するという。

「子どもたちは喜んでくれます。体験したあと、またここへ来てくれる子もいる」と長谷川さんは話す。将来職人になるかどうかにかかわらず、どこかで思い出してもらえればうれしいという。
実演コーナーで作業をしていたもう一人の職人、丸亀うちわマイスターの𠮷川里美さんは、高松から通いながら製作を続けている。

もともとは竹細工をしており、講習を受けたことがきっかけで丸亀うちわに関わるようになった。

竹は一本ごとに性質が違い、同じ作業をしても同じ仕上がりにはなりにくいという。骨の厚みを二・五ミリから三ミリほどに整える作業でも、竹の状態やその日の感覚によって微妙に変わる。
「同じものを作ろうと思っても、なかなか同じにはならない」と話す。

丸亀うちわは、かつては工程ごとに分業で作られていたが、現在は一人で骨づくりから紙貼りまで行うことも多い。地紙と呼ばれる和紙を貼り、図柄を描いたり印刷したりする方法も、作り手によって異なる。

ミュージアムでは、こうした技術を学ぶ講座も開かれている。ここで製作を学び始め、その後も作業を続けている人もいる。
ただ、技術を学ぶ人が増えても、それだけで仕事として続けていくのは簡単ではない。𠮷川さんも「講習を受けたいと思う人はいても、仕事をしながら時間を作るのは難しい」と話す。

うちわづくりを仕事として続けていくには、生活との折り合いも必要になる。

それでも、この場所では毎年、技術を学ぶ機会が続けられている。少しずつでも担い手が生まれ、関わる人が増えていくことが期待されている。
𠮷川さんは、まずは丸亀うちわの存在を知ってもらうことが大切だと考えている。今はプラスチックのうちわを使う人が多く、竹うちわの風を知らない人も多いという。

実際に仰いでみると、竹うちわの風は少し違う。しなりのある骨がゆっくりと風を送り、柔らかな空気が広がる。その違いを体験した人が、興味を持って製作を学びに来ることもある。

丸亀うちわミュージアムには、展示を見る人、体験に訪れる人、製作を学ぶ人、そして日々手を動かしている職人の姿が見られる。歴史を紹介する場所でありながら、ここでは実際の製作が日常として行われている。
壁に並ぶうちわは過去の仕事を伝え、実演コーナーでは現在の手仕事が進んでいる。講座や研修を通じて、新しく関わる人も少しずつ増えていく。

ミュージアムの実演コーナーでは、竹を割る音が静かに響いている。

一本の竹から骨を広げ、形を整え、うちわが少しずつ姿を現していく。
丸亀の町の中で、その手仕事は続いている。
取材:2026年2月
丸亀うちわミュージアム
丸亀市にあるうちわをテーマとする博物館>