奈良県御所市船路(ごせしふなじ)。
国道から少し脇道へ入ると、周囲の景色がゆっくりと変わっていく。車の行き交う音も、少しずつ遠ざかっていった。
進むにつれて、道の両側には田んぼや木々の緑が広がり、やがて宿の駐車スペースに着いた。
古民家らしい風格を感じさせる門だった。
山あいの静けさに包まれたその門をくぐると、広い庭が目の前に広がる。
石畳は古民家へと続き、その向こうには緑豊かな山並みが広がっていた。
目の前に広がる景色を眺めていると、宿というより、人が長く暮らしてきた屋敷を訪ねたような空気が漂っていた。
国道から少し脇道へ入ると、周囲の景色がゆっくりと変わっていく。車の行き交う音も、少しずつ遠ざかっていった。
進むにつれて、道の両側には田んぼや木々の緑が広がり、やがて宿の駐車スペースに着いた。
車を停め、来た道を少し戻る。
途中で分かれる細い道へ入ると、それまでの景色とは少し違う空間が広がり、その先に茅葺の門が建っていた。
山あいの静けさに包まれたその門をくぐると、広い庭が目の前に広がる。
石畳は古民家へと続き、その向こうには緑豊かな山並みが広がっていた。
鳥の声が聞こえ、庭には夏の陽射しが降り注いでいた。
この場所で「御所の宿たゆむ」を営むのが、谷矢友香子さんだ。
割烹着姿で迎えてくれた谷矢さんは、穏やかな口調で一つひとつ部屋を案内してくれた。
それぞれの部屋の使い方や、この宿での過ごし方について話を聞きながら、室内を見て回る。
庭を望む部屋や応接室、和室、着物を選ぶ部屋など、用途の異なる部屋が続いていた。
ひと通り見て回ると、谷矢さんは土間へ案内してくれた。
土間へ入ると、ひんやりとした心地よさが感じられた。
やさしい味わいで、暑い季節によく合う一品だった。
割烹着姿で迎えてくれた谷矢さんは、穏やかな口調で一つひとつ部屋を案内してくれた。
それぞれの部屋の使い方や、この宿での過ごし方について話を聞きながら、室内を見て回る。
庭を望む部屋や応接室、和室、着物を選ぶ部屋など、用途の異なる部屋が続いていた。
ひと通り見て回ると、谷矢さんは土間へ案内してくれた。
土間のテーブルに腰を下ろすと、谷矢さんが冷たいお茶と、手作りの赤しそゼリーとようかんを重ねたお菓子を用意してくれた。
やさしい味わいで、暑い季節によく合う一品だった。
お茶とお菓子をいただきながら、この宿を始めたきっかけや、御所で活動することになった経緯、この古民家を整えてきた日々について話を聞いた。
ゆっくりと話が続き、お茶を飲み終えた頃、谷矢さんが席を立った。
「朝まで雨が降っていたので、少しぬかるんでるんです。長靴を履いて行きましょうか」
用意してくれていた長靴に履き替え、一緒に庭へ出る。
「まずは、ぐるっと歩いてみましょう」
ゆっくりと話が続き、お茶を飲み終えた頃、谷矢さんが席を立った。
「朝まで雨が降っていたので、少しぬかるんでるんです。長靴を履いて行きましょうか」
用意してくれていた長靴に履き替え、一緒に庭へ出る。
「まずは、ぐるっと歩いてみましょう」
そう言って庭へ出ると、谷矢さんは敷地を歩きながら一つひとつ案内してくれた。
畑では育てている野菜を紹介し、納屋では一羽のウズラを見せてくれた。これからは鶏も飼う予定だという。
山へ続く道の入口に立つと、その先で進めている山の整備についても説明してくれた。
その後、離れへ案内されると、谷矢さんは扉を開けた。扉と反対側の窓まで風が抜け、室内は心地よい空気に包まれた。
「ここ、風がすごく気持ちいいんですよ」
畑では育てている野菜を紹介し、納屋では一羽のウズラを見せてくれた。これからは鶏も飼う予定だという。
山へ続く道の入口に立つと、その先で進めている山の整備についても説明してくれた。
その後、離れへ案内されると、谷矢さんは扉を開けた。扉と反対側の窓まで風が抜け、室内は心地よい空気に包まれた。
「ここ、風がすごく気持ちいいんですよ」
離れの前ではバーベキューも楽しめるため、今は宿泊用ではなく、バーベキューを楽しむ空間として使っているという。
歩きながらも、谷矢さんは草花や畑に目を向け、その都度足を止めて説明してくれた。
敷地では、きゅうりやトマト、とうもろこし、ズッキーニ、落花生などを育てている。
歩きながらも、谷矢さんは草花や畑に目を向け、その都度足を止めて説明してくれた。
敷地では、きゅうりやトマト、とうもろこし、ズッキーニ、落花生などを育てている。
畑は一か所だけではなく、蕎麦やハトムギを試験的に育てている場所もある。収穫した野菜は宿の料理にも使われる。
宿泊した人は、畑で野菜を収穫し、一緒に料理を作ることもある。
食事の時間になると、土間の囲炉裏を囲み、野菜や肉を焼いて味わう。よもぎや柿の葉、お茶の葉など、その季節に採れるものが食卓に並ぶこともある。
「ここは古民家なので、不便なことばかりなんですが、その不便を楽しみながら、暮らしを楽しんでいただきたいと思ってます」
谷矢さんが大切にしているのは、体験の内容だけではなく、その時間の過ごし方だ。
食事の時間になると、土間の囲炉裏を囲み、野菜や肉を焼いて味わう。よもぎや柿の葉、お茶の葉など、その季節に採れるものが食卓に並ぶこともある。
「ここは古民家なので、不便なことばかりなんですが、その不便を楽しみながら、暮らしを楽しんでいただきたいと思ってます」
谷矢さんが大切にしているのは、体験の内容だけではなく、その時間の過ごし方だ。
敷地を一通り案内してもらったあと、母屋へ戻る。谷矢さんは、庭を望む広縁へ案内してくれた。
「鳥の声しか聞こえへんね、と皆さん感動してくださるんです」
宿にはテレビを置いていない。夏の夜にはカエルの声が聞こえるという。初夏には蛍が舞い、冬には雪景色も楽しめるそうだ。
谷矢さんは、こうした環境の中でゆっくり過ごす時間を大切にしてほしいと考えている。
「ご自分と向き合う時間を持ってもらえたらいいなと思ってます」
宿の名前である「たゆむ」には、忙しい毎日から少し離れ、心と体を緩めてほしいという思いが込められている。
谷矢さんは以前、奈良県広陵町で約十年間カフェを営んでいた。
その中で谷矢さんが驚いたのは、賞味期限だけを頼りに食べ物を判断し、自分の目や匂いで確かめようとしない人がいることだった。
「これ伝えていかへんかったらあかんのんちゃう、って思うようになって」
その頃から、無農薬の野菜づくりや発酵、味噌づくり、保存食づくりなど、日本に昔から受け継がれてきた食文化への関心が深まっていった。
現在、宿で提供する食事にも、自分たちで育てた野菜や御所で採れた食材を積極的に取り入れている。その土地で育ったものを、その土地で味わうことも、この場所で過ごす時間の一部だと考えている。
一方で、カフェを営む中で、もう一つ強く感じることがあった。
カフェを訪れる人の中には、「話を聞いてほしい」と声を掛けてくる人が少なくなかった。
子どもや友人と過ごしているときは元気そうに見えても、一人になると疲れや悩みを打ち明ける人がいたという。
もっと話を聞きたいと思っても、カフェの注文が入れば席を離れなければならない。
「民泊やったら、ずっと対峙していて喋らせていただけるから、『これやったらええな』と思って、民泊をやりたいと思ったんです」
「鳥の声しか聞こえへんね、と皆さん感動してくださるんです」
宿にはテレビを置いていない。夏の夜にはカエルの声が聞こえるという。初夏には蛍が舞い、冬には雪景色も楽しめるそうだ。
谷矢さんは、こうした環境の中でゆっくり過ごす時間を大切にしてほしいと考えている。
「ご自分と向き合う時間を持ってもらえたらいいなと思ってます」
宿の名前である「たゆむ」には、忙しい毎日から少し離れ、心と体を緩めてほしいという思いが込められている。
谷矢さんは以前、奈良県広陵町で約十年間カフェを営んでいた。
料理が好きだったことから始めた店だったが、営業を続けるうちに、食そのものだけでなく、その背景にある暮らしにも関心を持つようになった。
カフェではパンケーキ教室や食育にも取り組んでいた。
カフェではパンケーキ教室や食育にも取り組んでいた。
参加者と話を重ねる中で、食との向き合い方について考えるようになったという。
「これ伝えていかへんかったらあかんのんちゃう、って思うようになって」
その頃から、無農薬の野菜づくりや発酵、味噌づくり、保存食づくりなど、日本に昔から受け継がれてきた食文化への関心が深まっていった。
現在、宿で提供する食事にも、自分たちで育てた野菜や御所で採れた食材を積極的に取り入れている。その土地で育ったものを、その土地で味わうことも、この場所で過ごす時間の一部だと考えている。
一方で、カフェを営む中で、もう一つ強く感じることがあった。
カフェを訪れる人の中には、「話を聞いてほしい」と声を掛けてくる人が少なくなかった。
もっと話を聞きたいと思っても、カフェの注文が入れば席を離れなければならない。
古民家を探し始めた当初は、奈良県内で何軒か物件を見て回った。しかし、思い描いていた場所にはなかなか巡り合えなかった。
転機になったのは、御所市で地域の農泊やまちづくりに取り組む金剛葛城山麓地区農泊事業推進協議会との出会いだった。
地域を盛り上げる活動に関わる中で、自分がやりたいことを周囲へ話す機会が増えた。そして、その思いを知った人たちから、この古民家を紹介されたという。
初めてこの場所を訪れた谷矢さんは、茅葺きの門や広い敷地を前に、「日本昔話のような場所」だと感じたという。
その一方で、山や畑まで含めた広い敷地を本当に管理できるのだろうかという不安もあった。
「ここなら何でもできると思ったんです。でも、一人でできるやろうかっていう気持ちもありました」
期待と不安。その両方を抱えながら、谷矢さんはこの古民家で宿を始めることを決めた。
建物は借家として借り受けたものだった。
宿として使えるようにするため、床を剥がし、天井を外し、キッチンを移設し、屋根にも手を入れた。
力仕事では協議会の仲間を中心に、一級建築士から助言を受けながら、できるところは自分たちで手を動かした。専門的な工事は職人に依頼し、多くの人の力を借りながら少しずつ形にしていったという。
「ほんまに私、いろんな人に関わってもらってね、ほんまに助かってます」
宿は、一人で完成させた場所ではなく、人とのつながりの中で少しずつ整えられてきた。
しかし、整備は思い通りに進むことばかりではなかった。
古民家の整備を進める中では、思いがけない出来事もあった。
線状降水帯による大雨で、敷地の土手が崩れたことがある。その出来事を里山保全活動をしている農家の仲間に相談したところ、
「水の恵みいただくんやから、水のお返しというか、ちゃんと手を入れへんかったら水の被害に遭うんやて」
と言われたという。
それをきっかけに、谷矢さんは井戸や沢水に恵まれたこの土地の水の流れや周囲の環境にも目を向けるようになった。
宿の運営と並行しながら、敷地の手入れも進めている。そうした取り組みは、敷地を囲む山にも広がっていった。
転機になったのは、御所市で地域の農泊やまちづくりに取り組む金剛葛城山麓地区農泊事業推進協議会との出会いだった。
地域を盛り上げる活動に関わる中で、自分がやりたいことを周囲へ話す機会が増えた。そして、その思いを知った人たちから、この古民家を紹介されたという。
初めてこの場所を訪れた谷矢さんは、茅葺きの門や広い敷地を前に、「日本昔話のような場所」だと感じたという。
その一方で、山や畑まで含めた広い敷地を本当に管理できるのだろうかという不安もあった。
「ここなら何でもできると思ったんです。でも、一人でできるやろうかっていう気持ちもありました」
期待と不安。その両方を抱えながら、谷矢さんはこの古民家で宿を始めることを決めた。
建物は借家として借り受けたものだった。
宿として使えるようにするため、床を剥がし、天井を外し、キッチンを移設し、屋根にも手を入れた。
力仕事では協議会の仲間を中心に、一級建築士から助言を受けながら、できるところは自分たちで手を動かした。専門的な工事は職人に依頼し、多くの人の力を借りながら少しずつ形にしていったという。
「ほんまに私、いろんな人に関わってもらってね、ほんまに助かってます」
宿は、一人で完成させた場所ではなく、人とのつながりの中で少しずつ整えられてきた。
しかし、整備は思い通りに進むことばかりではなかった。
古民家の整備を進める中では、思いがけない出来事もあった。
線状降水帯による大雨で、敷地の土手が崩れたことがある。その出来事を里山保全活動をしている農家の仲間に相談したところ、
「水の恵みいただくんやから、水のお返しというか、ちゃんと手を入れへんかったら水の被害に遭うんやて」
と言われたという。
それをきっかけに、谷矢さんは井戸や沢水に恵まれたこの土地の水の流れや周囲の環境にも目を向けるようになった。
宿の運営と並行しながら、敷地の手入れも進めている。そうした取り組みは、敷地を囲む山にも広がっていった。
山には、かつて植林された杉やヒノキが多く残っていた。奈良県の事業も活用しながら、それらを伐採し、本来この地域に育つ広葉樹へ植え替える活動を、周囲の森林所有者と共に進めている。
あわせて、山頂へ向かう道や山頂周辺の手入れも少しずつ進めている。
「せっかく上まで登った時に、『頂上や』って分かる景色にしたいんです」
木々を伐採した場所からは、金剛山の方向まで見渡せるようになった。
あわせて、山頂へ向かう道や山頂周辺の手入れも少しずつ進めている。
「せっかく上まで登った時に、『頂上や』って分かる景色にしたいんです」
木々を伐採した場所からは、金剛山の方向まで見渡せるようになった。
伐採した場所には新たな苗木も植えられており、数年、十年という時間をかけながら、里山の景色も少しずつ変わっていく。
こうした変化は山だけにとどまらない。敷地の中でも、新しい取り組みが少しずつ増えている。
鶏を飼う準備を進め、ウズラも育てている。畑では野菜だけでなく、蕎麦やハトムギ、果樹などにも取り組み、大学生のボランティアが月に一度作業を手伝いに訪れる。
「思ってた当初は、二年ぐらいしたら全部できるかなと思ってたんですけど、そんなうまくはいかないですよね」
そう笑う谷矢さんだが、思い描いていたこの場所の姿には少しずつ近づいている。
日々の暮らしを重ねる中で、谷矢さんが考える「豊かさ」についても聞いた。
「自分で自分の食べるものを作って、自分で自分の時間をコントロールするということができるっていうのが豊かなのかなと思ってます」
畑仕事や草刈りなど、この場所での暮らしには毎日やることがある。それでも谷矢さんは、
「農作業は忙しいですけど、気持ちは豊か」
と話した。
一方で、谷矢さんの活動は、この宿の運営だけにとどまらない。
協議会の事務局として、農業学校や地域イベントの運営、大学生の受け入れなどに携わりながら、御所を訪れる人と地域をつなぐ役割も担っている。
修学旅行や体験学習で訪れた子どもたちには、畑や山を案内するだけではない。
山を手入れする人の高齢化や、農業を続ける人が減っている現状についても話し、
「これからの地域や農業について考えるきっかけになれば」
と伝えているという。
谷矢さんは、この場所の将来について語るとき、「御所の宿たゆむ」という名前とは別に、当初考えていた名前を教えてくれた。
「船路ベース」。
船路地区にある、みんなの基地。そんな場所にしたいという思いから考えた名前だった。
地域の人や大学生、ボランティアが集まり、それぞれが思い思いにこの場所を使う。夏には学生たちがサバイバルキャンプを企画しているという。
誰かが畑を手伝い、誰かがイベントを開き、誰かが宿泊する。そうした関わりが少しずつ積み重なり、この場所が地域の拠点になっていけばと考えている。
取材の最後には、庭の椅子に腰を掛けて話を聞く時間もあった。
谷矢さんは、宿のこと、畑のこと、山のこと、そして地域との関わりについて、穏やかな口調で語ってくれた。
その視線は、ときどき畑や山の方へ向いていた。
こうした変化は山だけにとどまらない。敷地の中でも、新しい取り組みが少しずつ増えている。
鶏を飼う準備を進め、ウズラも育てている。畑では野菜だけでなく、蕎麦やハトムギ、果樹などにも取り組み、大学生のボランティアが月に一度作業を手伝いに訪れる。
「思ってた当初は、二年ぐらいしたら全部できるかなと思ってたんですけど、そんなうまくはいかないですよね」
そう笑う谷矢さんだが、思い描いていたこの場所の姿には少しずつ近づいている。
日々の暮らしを重ねる中で、谷矢さんが考える「豊かさ」についても聞いた。
「自分で自分の食べるものを作って、自分で自分の時間をコントロールするということができるっていうのが豊かなのかなと思ってます」
畑仕事や草刈りなど、この場所での暮らしには毎日やることがある。それでも谷矢さんは、
「農作業は忙しいですけど、気持ちは豊か」
と話した。
一方で、谷矢さんの活動は、この宿の運営だけにとどまらない。
協議会の事務局として、農業学校や地域イベントの運営、大学生の受け入れなどに携わりながら、御所を訪れる人と地域をつなぐ役割も担っている。
修学旅行や体験学習で訪れた子どもたちには、畑や山を案内するだけではない。
山を手入れする人の高齢化や、農業を続ける人が減っている現状についても話し、
「これからの地域や農業について考えるきっかけになれば」
と伝えているという。
谷矢さんは、この場所の将来について語るとき、「御所の宿たゆむ」という名前とは別に、当初考えていた名前を教えてくれた。
「船路ベース」。
船路地区にある、みんなの基地。そんな場所にしたいという思いから考えた名前だった。
地域の人や大学生、ボランティアが集まり、それぞれが思い思いにこの場所を使う。夏には学生たちがサバイバルキャンプを企画しているという。
誰かが畑を手伝い、誰かがイベントを開き、誰かが宿泊する。そうした関わりが少しずつ積み重なり、この場所が地域の拠点になっていけばと考えている。
取材の最後には、庭の椅子に腰を掛けて話を聞く時間もあった。
谷矢さんは、宿のこと、畑のこと、山のこと、そして地域との関わりについて、穏やかな口調で語ってくれた。
その視線は、ときどき畑や山の方へ向いていた。
取材:2026年7月









