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平安京の正殿があった「大極殿遺址」 でも実は場所が違います
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まちフォト
京都府・丸太町
千本通を歩いていると、千本丸太町の交差点の北西の角を少しあがった所に「大極殿遺址(だいこくでんいし)」の石碑があり、その奥にこじんまりとした公園があります。
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この「内野児童公園」は「大極殿」があった場所だとされています。大極殿は朝廷の正殿で,宮城(大内裏)の正庁である朝堂院の北端に位置し、即位の大礼や国家的な儀式がおこなわれました。
平安京の大極殿は1177年に消失し、その後再建されませんでした。
平安京の大極殿は1177年に消失し、その後再建されませんでした。
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平安遷都千百年にあたる1895年(明治28年)、大極殿がこの地にあったとされて石碑が建てられました。ただし、その後に遺跡が見つかり、実際の場所はもっと南東にあったことがわかっています。
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ちなみに平安神宮は平安宮朝堂院を模して建立されたもので、大極殿を8分の5の規模で模したものが外拝殿として建設されています。