久米正雄は長野県上田市に生まれ、ここ郡山市で句作を開始し、鎌倉でその生涯を閉じました。
	                                                    	                                            俳人として、小説家として、劇作家として幅広く活動した久米正雄は、多くの文筆家と交流を持ち、特に芥川龍之介とは一緒に旅行に出掛けるほど仲が良かったのだとか。
	                                                         
	                                                        
	                                                            『久米正雄記念館』は、そんな久米正雄の旧宅を鎌倉から移築&復元した建物です。入り口には「久米正雄」の表札があります。
	                                                        
	                                                    	                                             
	                                                        
	                                                            交友関係の広かった久米正雄。
	                                                    	                                            このモダンな応接間は、きっと大活躍したことでしょう。
	                                                         
	                                                        
	                                                            窓から外を覗くと、緑枝垂れる癒しの風景が広がっています。
	                                                    	                                            当時はどんな景色が見えていたのでしょうか。
	                                                         
	                                                        
	                                                            竹久夢二が装幀を手がけた、竹久夢二の著書が展示されていました!
	                                                    	                                            実はかなりコラボの多かった2人。
竹久夢二の絵は、久米正雄の世界観を彩るのにぴったりだったのかもしれませんね。
	                                                         
	                                                        
	                                                            廊下の壁上部に取り付けられた、数字の書いてある装置。
	                                                    	                                            来客者の人数を知らせるものらしく、これを見て女中がお茶を準備していたそうです。
来客の多かった、久米邸ならではの工夫ですね。
	                                                         
	                                                        
	                                                            艶子夫人の部屋だった主婦室。
	                                                    	                                            原稿を撮りに来た編集者が応接室から溢れ、ここで待機していたこともあるそうです。
現在は雑誌・図書の閲覧ルームとなっています。
	                                                         
	                                                        
	                                                            客間では、毎月句会が開催されていました。
	                                                    	                                            久米正雄はほうじ茶をウイスキーで割った「番茶ウイスキー」をここで振る舞い、これがかなり好評だったのだとか。
発明家の一面もあったのですね!
	                                                         
	                                                        
	                                                            久米正雄や郡山ゆかりの文筆家についての映像が見られるホールは、かつての子供部屋でした。
	                                                        
	                                                    	                                             
	                                                        
	                                                            眺めの良い書斎!
	                                                    	                                            さぞかし作業も捗ったことでしょう・・・と思いきや、”脂汗にまみれ焦っていた”という旨の記述が残っています。
	                                                        
	                                                            久米正雄の文筆業と生活を知り、息吹を感じることができる『久米正雄記念館』。
	                                                    	                                            郡山市のお勧めスポットです^^
	                                                        




 
										 
	                                            	                                        	                                     








