御香宮(ごこうのみや)神社は、京都市伏見区の桃山エリアにある神社で、神功皇后を主祭神としてお祀りしています。
神功皇后はお腹に子(のちの応神天皇)を宿しながら、三韓征伐を成し遂げた功績から安産・子育ての神様として篤く崇敬されてきました。
神功皇后はお腹に子(のちの応神天皇)を宿しながら、三韓征伐を成し遂げた功績から安産・子育ての神様として篤く崇敬されてきました。
そのため、御香宮神社も古くから安産や子育ての御神徳で知られています。
と言っても私が安産祈願をするわけではありません。
今回は、出産を控えている娘のためのお参り。
これからしばらくは京都にお祀りされている安産の神様詣でが続きそうです。
今回は、出産を控えている娘のためのお参り。
これからしばらくは京都にお祀りされている安産の神様詣でが続きそうです。
大手筋通りに面した表門は、伏見城の大手門を拝領して建てられたもので、堂々たる構えです。
ちなみに伏見城は御香宮神社の東の山上に豊臣秀吉が築城した城で、秀吉亡き後は家康の居城ともなっていましたが、関ケ原の戦の前に石田三成軍に攻められ落城しています。今は、伏見城を模した伏見桃山城が立っていますが、残念ながら今は閉鎖中で中に入ることはできません。
ちなみに伏見城は御香宮神社の東の山上に豊臣秀吉が築城した城で、秀吉亡き後は家康の居城ともなっていましたが、関ケ原の戦の前に石田三成軍に攻められ落城しています。今は、伏見城を模した伏見桃山城が立っていますが、残念ながら今は閉鎖中で中に入ることはできません。
参道を真っすぐに進むと、こちらも伏見城の御車寄せの拝領と伝わっている拝殿が見えてきます。
唐破風にほどこされた美しい彫刻は、安土桃山時代の豪壮華麗な特色が見事に残っています。
その奥の本殿も極彩色の彫刻で飾られた美しい建物です。
正面だけでなく、側面や後ろにも彫刻がほどこされているのでお見逃しなく。
御香宮神社は、幕末の鳥羽伏見の戦いでは薩摩藩の本陣となった場所でもあり、境内にはそれを示す石碑も立っています。
広い境内を持っていた京都の寺社の中には、戦の本陣とされたことで大きな被害を受けたところも多いですが、御香宮神社の建物は無事に残っているようですね。
境内には「桃山天満宮」という天神さんもありますが、そちらには伏見城跡から出土した大きな石がたくさん(けっこう雑に)置かれています。
豊臣秀吉は、この伏見を政治の中心とする考えもあったとか…。
伏見の町作りにも力を入れていたそうです。
そのころはいまよりももっとにぎやかな町だったのでしょうね。
歴史好きとしては、そんな想像をしながら境内を散策するのも楽しいです。
歴史好きとしては、そんな想像をしながら境内を散策するのも楽しいです。












