大黒寺は、前の記事で紹介した金札宮の斜め向かいにあるお寺です。
弘法大師空海が開創したとされる真言宗の寺院で、はじめは長福寺と称していました。
江戸時代には近くに薩摩藩邸があったこと、薩摩島津家の守り本尊である「出世大黒天」と同じ大黒天がお祀りされていたことから、薩摩藩の祈願所と定められ、「大黒寺」と改めましたが、薩摩藩との関係から通称「薩摩寺」とも呼ばれていました。
御本尊の大黒天は空海の作と伝わる秘仏で、60年に1度の甲子(きのえね)の年のみ開帳されます。
ということは、次に大黒天様を拝めるのは2076年、私は確実に生きていません!
その代わりといっては何ですが、本堂の右手前にいらっしゃるおさすり大国さんをさすっておきました。
撫でると金運アップするらしい…。
境内には、江戸中期に起こった伏見義民一揆で幕府に直訴した伏見義民と呼ばれる人たちの遺髪が納められた石碑が立っています。
当時直訴は重罪でしたが、悪政をただすため命を懸けて立ち上がった人たちは投獄されたものの彼らの願いは聞き届けられました。
ただ投獄された人たちの赦免が決まったときには、すでにみんな獄死・病死していたそうです。
大黒寺 文久二年の寺田屋事件の碑
— 風人社(し) (@sfurro) 2019年5月17日
一番右に有馬新七 pic.twitter.com/oF75QX2MYn
大黒寺の墓地には、幕末にあった寺田屋事件で犠牲となった有馬新七らのお墓もあります。
寺田屋事件は、同じ薩摩藩士同士が敵同士になってしまった事件です。
とても長くなるのでこちらでは詳しく説明しませんが、思想は違っても国を思う心に違いはなかった彼らがなぜ殺し合わなければならなかったのか、とても悲しく理不尽な出来事でした。
お墓の横にある碑文は、西郷隆盛の筆によるものです。
境内に入ってすぐ左にも大黒様がいらっしゃいます。
その奥に湧き出るのは「金運清水」と呼ばれる霊験あらたかな水で、金運良好・資産増加・厨房守護・子孫繁栄などに御利益があるそうです。
ここ大黒寺と御香宮神社・長建寺・藤森神社をめぐる「京都伏見福めぐり」は、毎年伏見で開催されるご利益めぐりです。
1月1日から15日の期間に4社寺を巡拝して御朱印をいただくと、干支の土鈴がいただけるというもので、今年こそは参加しようと思っていましたが、スタートダッシュが遅れ、すでに御朱印をいただくための専用色紙は4社寺とも完売。
みなさんすごいです!
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伏見福めぐり3社目
— FG (@fg1984) 2026年1月1日
大黒寺〜 pic.twitter.com/mMkxNUTHX9
大黒寺さんは通常は閉門されていて、門の右横にある別の出入口からの出入りとなっているそうですのでご注意ください。












