高知県安芸市にある安芸市営球場は、土佐東街道(国道55号)から山手に入った先に位置している。右手に駐車場があり、その横から坂道が伸び、室内練習場、サブグラウンド、メイン球場へと続いている。
駐車場からメイン球場までは、およそ200メートルの傾斜のある坂道になっている。球場を管理する安芸市役所の清岡さんは、この坂について「上り下りがしんどくて、印象に残るんですよ」と話す。
坂を上りきると、視界が開け、グラウンドが広がる。球場は下の道路から全体が見えるわけではなく、防球ネットの一部がのぞく程度の位置にある。
3月の昼過ぎ、晴れた空の下で訪れると、メイン球場では関西方面から来た高校野球部が練習を終え、グラウンド整備と後片付けが行われていた。
内野ではトンボで土を均す部員がいる一方で、グラウンド整備用の車両で土をならす動きや、マウンドを整える作業も進められている。別の部員たちはボールや用具を回収している。部員たちはそれぞれの役割に分かれ、通路や坂道を行き来しながら作業を進めていた。
球場の外では、観光バスが坂道をゆっくりと上がり、向きを調整しながら停車する。部員たちは道具をまとめ、バットやボールケースを抱えてバスへと運び込む。片付けを終えると、そのまま乗車し、球場を後にしていく。
人の動きが途切れると、場内は静けさに包まれる。整えられたばかりのグラウンドには足跡が残らず、ベンチや観客席にも人影はない。サブグラウンドや室内練習場の周囲も、人の気配はなく、もともとの静けさが戻っている。
一方で、坂の下にある駐車場では別の催しによる来場者で車が埋まり、人の出入りが続いている。その賑わいがそのまま球場へ上がってくるわけではなく、坂を境にして、球場と駐車場とでは人の流れに違いが生まれている。
安芸市営球場では、市民による大会や試合に加え、県外から訪れるチームの合宿やキャンプが行われている。
平日は、合宿や練習を目的としたチームの利用が中心となる。夏休み期間中には関西圏の中学校や専門学校の合宿が入り、小学生を対象とした大会(龍馬旗争奪西日本小学生野球大会)の会場として使われる。
社会人チームによる利用もあり、三菱重工Eastがキャンプを行い、練習や地域の子どもを対象とした野球教室も開かれている。
春先には高校や大学のチームが訪れ、一定期間滞在しながら練習を重ねている。県外からの利用も続いており、球場は日々異なる使われ方をしている。
施設内にはメイン球場のほか、サブグラウンドや室内練習場があり、天候に左右されずに練習ができる環境が整えられている。サブグラウンドにはナイター設備も備えられており、時間帯に応じた利用も可能となっている。複数の場所を使い分けながら、練習と試合が行われている。
安芸市役所の清岡さんは「土日は大会でほぼ埋まっている」と話す。地域の大会や少年野球の試合などが行われ、週末は朝から利用が続くことが多い。
社会人チームによる利用もあり、三菱重工Eastがキャンプを行い、練習や地域の子どもを対象とした野球教室も開かれている。
春先には高校や大学のチームが訪れ、一定期間滞在しながら練習を重ねている。県外からの利用も続いており、球場は日々異なる使われ方をしている。
施設内にはメイン球場のほか、サブグラウンドや室内練習場があり、天候に左右されずに練習ができる環境が整えられている。サブグラウンドにはナイター設備も備えられており、時間帯に応じた利用も可能となっている。複数の場所を使い分けながら、練習と試合が行われている。
こうした現在の利用のあり方の背景には、長年の積み重ねがある。安芸市営球場は、阪神タイガースのキャンプ地として知られてきた場所でもある。1960年代からキャンプが行われ、2009年には「安芸タイガース球場」という愛称が付けられた。
安芸商工会議所の井上さんは、「以前は選手や監督が街に出て食事をすることもあり、その分の賑わいがあった」と話す。キャンプ期間中には、球場周辺だけでなく街中にも人の流れが生まれていたという。
現在の利用について、井上さんは「関係人口という意味では、キャンプの時期の方が多かった」と話す。現在も合宿などでの利用は続いているが、滞在中の行動は練習や宿泊が中心になることが多いという。
また、地元では、「有名な選手が来ていた頃は、国道が渋滞するほどだった」といった話も聞かれる。監督や選手の姿を目当てに多くの人が訪れ、球場周辺だけでなく道路にも人の流れが広がっていたという。
安芸の人の暮らしについて話を聞くと、安芸情報観光センターで対応してくれた女性は「大きくは変わっていないと思う」と話す。来訪者の数に変化はあっても、日常の暮らしが大きく変わったという実感はないという。
現在も街中にはタイガースに関する掲示や装飾が見られ、関連するグッズを扱う店もある。
現在の利用について、井上さんは「関係人口という意味では、キャンプの時期の方が多かった」と話す。現在も合宿などでの利用は続いているが、滞在中の行動は練習や宿泊が中心になることが多いという。
また、地元では、「有名な選手が来ていた頃は、国道が渋滞するほどだった」といった話も聞かれる。監督や選手の姿を目当てに多くの人が訪れ、球場周辺だけでなく道路にも人の流れが広がっていたという。
ただし「その期間が終わると、また元の状態に戻る」とも話す。
安芸の人の暮らしについて話を聞くと、安芸情報観光センターで対応してくれた女性は「大きくは変わっていないと思う」と話す。来訪者の数に変化はあっても、日常の暮らしが大きく変わったという実感はないという。
球場に対する受け止め方も一様ではない。市役所で出会った男性は「プロの試合を目の前で見られたことが印象に残っている」と話す。
一方で、日常的に利用する場所というよりも、特定の機会に関わる場として捉えられている側面もある。
現在の安芸市営球場では、こうした記憶と並びながら、日々の利用が続いている。大会が行われる日もあれば、合宿のチームが練習を行う日もあり、使われていない時間もある。同じ場所でも、使われ方によって見え方は変わる。
取材時に見られたように、人が去ったあとの球場は静まり返り、整えられた状態のまま次の利用を待っている。坂道を上ってきた人がまた下り、別の時間に別の人が訪れる。その繰り返しの中で、この場所は使われ続けている。
この場所では、過去の記憶とともに、日々の利用が続いている。
現在の安芸市営球場では、こうした記憶と並びながら、日々の利用が続いている。大会が行われる日もあれば、合宿のチームが練習を行う日もあり、使われていない時間もある。同じ場所でも、使われ方によって見え方は変わる。
取材時に見られたように、人が去ったあとの球場は静まり返り、整えられた状態のまま次の利用を待っている。坂道を上ってきた人がまた下り、別の時間に別の人が訪れる。その繰り返しの中で、この場所は使われ続けている。
この場所では、過去の記憶とともに、日々の利用が続いている。
取材:2026年3月






