京都の伏見は港町、宿場町の重要な拠点として古くから栄えてきました。
そのため幕末期には多くの志士たちが活動し、坂本龍馬に関連する史跡もいくつか残っています。
その一つが、龍馬が寺田屋で襲われたときに避難されたとされる材木小屋の跡です。
龍馬は伏見の船宿である寺田屋を定宿としていました。伏見奉行所の役人に踏み込まれた龍馬は重傷を負いながらもなんとか脱出し、一緒にいた長州の三吉慎蔵によって大手橋そばの材木小屋にかくまわれたとされています。
龍馬が隠れたのは薩摩藩邸の近くにあった土橋付近だったという説もあるのですが、大手橋の西側に「坂本龍馬 避難の材木小屋跡」の碑が建てられています。
場所は寺田屋から歩いて10分弱といったところでしょうか。歩いてみると龍馬が逃げた距離感が感じられますよ。