人々の生活を支えてきた、どこか哀愁を帯びた橋を訪ねました。
西会津に残る、阿賀川に架かる旧柴崎橋。
柴崎と上野尻とを結び、1938年から1958年まで、人々はこの橋を行き来し、日々の暮らしを繋いでいたとのこと。
それ以前、この川は船で渡っていたそうです。
ときに危険も伴ったといいます。
架けられたこの橋は、静かに人々の往来と安全を支えていたのでしょう。
やがて1958年、上野尻ダムの建設により、その役目を終えました。
しかし、予算の都合上、解体されることなく、路床は取り払われ、一部は落とされ、通ることのできない姿のまま今もなお残されました。
遠くから眺める旧柴崎橋は、役目を終えた後もなお、どこか寂しさを宿しながらも、不思議と美しく映ります。
橋が途切れたあたりには、ひときわ大きく育った木が立っています。
いつからそこに根を張ったのかは分かりません。
ただ、その存在が、流れてきた時間の長さを静かに物語っているようでした。
改めて橋全体を見渡すと、片側は陸へと伸びていることに気が付きました。
もしかすると入口のあたりまで近づけるのではないか、そう思い、足を進めました。
やがて辿り着いた橋のたもと。
そこで目にした姿は、遠くから見ていたものとはまるで違っていました。
床はすでに失われ、鉄骨だけがむき出しになっています。
無骨な骨組みは、かつての面影をかすかに残しながら、静かに風にさらされていました。
その鉄骨には、大小さまざまなツタが絡みついています。
遠くから見たときに感じた時間の流れとはまた異なるかたちで、積み重ねられてきた歳月が、確かに息づいていました。
そしてその姿は、役目を終えた今もなお、人々の暮らしを支えていた時間と形を、静かに伝え続けているようでした。