山梨県・甲州市
甲州市の暮らしと魅力
甲州市は、甲州ワインの発祥地として有名な町で、ぶどう畑が広がる美しい景観が魅力。武田氏の歴史が残る塩山や勝沼エリアでは、ワイナリー巡りや歴史探訪が楽しめます。
出典:農林水産省Webサイト:グラフと統計でみる農林水産業

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恵林寺
山梨武田史跡巡り〜塩山エリア③「恵林寺」〜
塩山エリアのラストは、武田信玄公といえばこの寺、この寺といえば武田信玄公というくらい武田家にはゆかりの深い「恵林寺(えりんじ)」をご紹介します。 ここ恵林寺は、臨済宗妙心寺派に属するお寺です。前回向獄寺の回で臨済宗の解説をしたので多分理解できるかと思います。 1330年(元徳2年)、領主二階堂貞藤(さだふじ)が夢窓国師を招き開山したのが始まりのようです。 その後、二階堂氏の庇護をうけ、甲斐国における臨済宗の中心を担いましたが、応仁の乱により一時荒廃してしまいます。のちに信玄公の時代に再興されまし
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栖雲寺
山梨武田史跡巡り〜武田家終焉の地③「勝頼公が目指した地 栖雲寺」〜
武田家終焉の地ラストは、勝頼公が最後たどりつけなかった、「栖雲寺(せいうんじ)」をご紹介します。 栖雲寺は前回ご紹介した景徳院から車で8分ほどの場所にあります。8分といっても結構な山道ですので、夕方は避けての訪問がいいかと思います。 どうやらauと楽天は携帯が通じないようです。お寺がwi-fiを用意しているとの情報が公式HPに掲載されています。2社の携帯をご利用の方は注意してください。 標高1050mの天目山山中にある栖雲寺は1348年(貞和4年/正平3年)、業海本浄という住職により創建されまし
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山梨武田史跡巡り〜塩山エリア①「菅田天神社」〜
今回から少し足をのばして、甲州市塩山エリアの史跡を3つご紹介します。 第1回目の今回は、甲州市塩山上於曽(かみおぞ)にある「菅田天神社(かんだてんじんじゃ)」です。 ここは駐車場がないので、甲州市市役所にとめて参拝させていただきました。 本殿までの距離がなにげに長い参道です。 「菅田天神」という名前を聞いて、ある人物が浮かんだ人は感がいいか、結構な歴史好きです。1004年(寛弘元年)、学問の神様「菅原道真(すがわらのみちざね)」を祀ったことから菅田天神と呼ばれるようになりました。 842年(承和
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向獄寺
山梨武田史跡巡り〜塩山エリア②「向嶽寺」〜
さて、塩山エリアの第2回目にご紹介するのは、前回紹介した菅田天神社から徒歩15分で行ける臨済宗の「向嶽寺(こうがくじ)」になります。 山門の周辺はとても綺麗になっているので、整備工事が行われたのでしょうか。 参道を進んでいくと、、 中門に出会います。 ただこちらからは入れないので、横の通用門から入ります。 ここで改めて臨済宗について簡単に説明すると、鎌倉時代初期に栄西(えいさい)という僧侶により伝えられた「悟り」を重んじる禅宗のことを臨済宗と言います。ここでいう悟りとは「すべての人が己の中にある
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田野
山梨武田史跡巡り〜武田家終焉の地①「最後の奮戦 甲州市大和町田野をめぐる」〜
今回から3回に分けて「武田家終焉の地」についてご紹介したいと思います。 前回の新府城でも書きましたが、武田勝頼公は内部の裏切りや離散、織田・徳川軍の甲斐侵攻によりいよいよ追い込まれていきます。そして、新府城に火を放ち、大月市の岩殿城を目指して落ちていきます。 しかし、最後の一手が遂に打たれてしまいます。なんと、逃げ落ちていく目的地とした岩殿城の小山田信茂が裏切ります。 こうしてもはや逃げ場を失った勝頼公一行は、天目山(てんもくざん)を目指して逃げ落ちていきます。この天目山というのは、室町時代に甲
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さて今回は、武田勝頼公が最後を迎えた「景徳院(けいとくいん)」をご紹介します。 景徳院は、山梨県甲州市大和町田野にあります。かつては地名から「田野寺(たのでら)」とよばれていました。 武田家が滅亡したのち甲斐を支配した徳川家康は勝頼公や亡くなった家臣たちを弔(とむら)うため田野の地に「景徳院」を創建しました。 江戸時代に一時住職が不在となってしまいますが、1624〜1644年(寛永年間)には笛吹市にある広厳院から住職を招き入れ再興しました。 1845年(弘化2年)の江戸後期と1849年(明治27
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